昭和40年9月12日 朝の御理解



教祖の神様、自分のおかげを受けてこられた、あー、事、自分の歩いてきた信心の後を振り返られて、どうしてこのようなことが、出来たであろうかと。どうして、このようなことになってきたであろうかと。不思議な神様の働きと、不思議なこうした、人の助かりの場というものが出来てきたことを、そんなふうな表現で申しておられますですねえ。どうして、このようなことが出来てきたであろうかと。それは、「ああ」、どうして、今までこういうような信心が、なされ続けられて来たであろうかと。ま、いうならば、どうしてこのような、修行が出来てきたであろうかと。いうことだと私は、思うのですね。
どうしてこの、夢にも思わなかったような、おかげが頂けれるということ。どうしてこのような、おかげの道が付いてきたのだろうかと。それは、教祖の神様の、いわゆる、ご信心のいわゆる、ご精進であり、ご努力がです、そういうことになってきたのであるけど、その、努力がです、精進が、どうしてこのような信心が、精進が出来てきたであろうかと、いうことだと私は思うのです。お互い、信心の稽古をさせて頂く者でございますが、例えば、椛目で御神意頂いてから、はじめからおかげを頂いておるとで、15年間。ようも、こういう15年間も、信心が続いてきたことであると。というその、裏には、どうしてこういう、おかげが受けられたであろうかというものが、あったればこそ、今日まで私は、続いてきたとこう思うのです。ですから、それが、どうしてこのようなことがと、いうほどのおかげが、現れてくるためには、やはり、どうしてこのような、修行が出来てきたであろうかと。自分のようなものが、ま、ようもこれだけ辛抱強ようでけたというところを。ようも、これまで信心が、続けられてきたということです、思うて見るときに、ただ、なんでもないでは、やはり、続けられるものではないと。何とはなしに、一つの心理的なと。「ね」、神様の特別な、不思議な働きに、導かれて、おかげを頂いてきているということである。
「う、んー」私、今朝、つく信心にでらして頂いたら、金光様の、朝の、お出ましの、おー、御用をすると。しかもあの、先頭に、お提灯をこう、持った方があって、その、提灯の光に、こう、導かれるように、「えー」、金光様はじめ、そのお供の方達が、御広前に向かわれる姿を、頂きましてです。それが、何とはなしにもう、神々しいというではなくて、実にこの、提灯のその光がです。神秘的な感じ、その雰囲気の中に、拝ましてもらうんですねえ。あれが、どうだろう、せからしい、提灯やらでもう、その、大時代なものをですねえ、使わんでも、なんかこの、駅セルなら、駅セルと。いや、もう、あれだけ電気がついとっじゃけん、そのう、駅セルはいらん。提灯なんかはいらん。ただ、明るいところだから、その、提灯もいらんで、来たのでは、あの神々しさやら、あのお、一つの神秘的な雰囲気というものは、生まれてこないと私は思うですね。なぜ、わざわざ、そのう大時代な、提灯をお点けになって、紋付袴に身を固められてから、朝の、ご出仕があったり、やっぱりどうでもそういう一つの、雰囲気というものが、必要なんですね。信心には。
そこんところを、私、段々お互いに工夫させていただかにゃいかん。皆さんが、紋付袴つけて(笑い)お参りに来られるのもいけんのだけれど。提灯をつけて、お参りに来られるのも、いけんのだけれども。「ね」。けれども、そこんところが、私は信心の修行をさせてもらうものの、おー、一つの工夫ではないかと。私共も、今から考えさせて、教祖の神様じゃないけれども、どうしてこのようなおかげを頂くようになって来たであろうかと。今度の御造営なんかは、どうしてこのような話になって、このようなことに話が進むに連れて、現実に、あそこへおかげを頂いていくようになっただろうかと。どうして、私共のようなところへ、皆が、このように集まってくるようになったであろうかということ。そう思うですねえ。昨日、熊本の玉名というところから、お二人連れでお参りに見えた方があるんですけれど、お互いに、おかげを頂いて、ま、お礼に見えたんですね。それが、そのう、おかげも不思議なおかげであるけれども、私が、不思議に思うことは、最近、熊本から、お参りが昨日で、23日続いておることです。これは、何かがあると。どういうご都合であろうかと。いままで、かってないことです。今日は、もう、誰も参ってくることはないと、当てにしてるわけではないけれどもです。思いがけない人が参ってくる。しかも、23日。だから、その15日は続くばいち。もう、15日過ぎたきん、20日は続くばいち。言い寄りましたら20日が23日、続いておる。昨日までで。そういうような神様の働きというものがです、「ね」。何かがあると。その、何かが分らないところにですね。私は、まあ、その、宗教の持つ神秘性といったようなものがです。私共を、ここまで、導いてくださったというような気がします。それには、私どもがです、そういう神秘的な、不思議なというか、そういう働きに、いうならば、お提灯の光に導かれるようなものがです、なからなければならない。皆さんでも、やはり、たとえば、そんなら、吉井の熊谷さんなんかは、15年間、朝参りが続いておられる。はじめから、15年間、ただいまその、15年間朝参りをしようといった腹じゃない。一つの、願い事というものがです、せめて一年、お日参りをさせて頂こうと、折角、日参りをさせてもらうなら、朝のうちに、お参りをさせて頂こうと。確かにその、朝のうちにお参りさせて頂くほうがです、有難いです。いうなら、その神秘的という雰囲気がです、段々、熊谷さんの信心の、精進の中に、入ってきて、そういう一つの、不思議な、言葉には言い表せないような、不思議な働きに導かれて、15年間続かれた。しかもそれが、熊谷さんの信心の、もう、血に、肉になってです、もう、いつまでといったようなものではない。というようなものが、こうした信心の中から伺われるんです。そして、振り返ってご覧になるとです、どうして、この15年間も、しかもあの吉井の遠いところから、あの、今は善導寺から歩いて見えるけれど、以前は草野からであった。真っ暗い中を、一人で、それこそ提灯に火を(笑い)つけてということ。けれども何かそこに、提灯にも等しいようなです、そういう一つの光に導かれながら、椛目御用に15年間続けられてきたと。ここに、私は、どうして、このようなおかげになって来ただろうかというようなおかげがですたい、熊谷さんが受けておられるようなおかげが、それに、伴うて来ておる。「ね」。それはです、何か知らんけれども私が、このお取次ぎさせて頂いて、何かある。例えば、熊本から23日間、毎日、二人、三人づつではあるけれど、お参りが続く。これは、何かがある。だから、そのご都合があるに違いがない。そこで、こちらの精進の心を緩める訳にはいかん。その、何かがある。それを私は、提灯の光のようなものではなかろうかとこう、私は思うのです。「ね」。わざわざ、古めかしいです、お提灯をお付けになって、紋付袴で、お出ましにならなくても、もう少し近代的なことになって、えー、良かりそうなことだけれども、それでは、神秘性というものが、無くなってくる、薄らいでくる。そういう私共は、不思議な光に導かれておるというと同時に、そうした一つの工夫というものがです。私共周辺になされていかなければいけない。「ね」、久富重雄さんが毎朝、朝の御祈念に参って見える。夜もやっぱり、いろんなことの奉仕のことと、ご修行のために、まあ、日に二回づつお参りになる。息子さんは、自動車で参ってくる。ほんなら、もう、自動車に乗ってこられたら良いのだけれど、「ね」。例えば、どのくらい便利がいいのだか分らないのだけれど、やはり、自転車で参って見える。もう、「お父さん帰るとき自転車乗せて行こう」と言ってる。「いやいやもう俺は自転車で帰る」と。「ね」。私その、自転車という大時代のですね、ものにその、乗って見えられるところにです、これは、理屈ではない、自転車に乗って参った方が、有難いものがあるからではなかろうかと私は思うのです。
ご建築のことでもそうである。「ね」。やはり、その、御造営の中に、現代感覚というものも、取り入れられるだろうけれども、それを、どうかして古い時代の、もう、様式とか風といったものをそこに、残したいという気持ちが、私の心の中に強い。それは、行きがかりでも良いようなものだけれども、もう、これから洋服ばっかりになるからおそらく、椅子がかりのほうが、どのくらい良いか分らんけれども、楽に腰をかけて拝ませて頂くよりも、やっぱり、膝が痛とうても、座ったほうがおかげが頂けれる。そういうような、この工夫というものがです、なされて行く。私共の、日常生活の中からです、そういうその、ま、神秘的なというと何ですけれども、ま、神秘的な雰囲気というものが、私共の、周辺にいつもこう、漂うておる。何かがある。といったようなものを生み出すためにです、私は、そういう工夫がなされていかなければならない、そういう工夫がなされて行くところにです、例えて私が、申しますならばです。「ね」。私と、家内が、もう終戦直後から、布一寸買いません、といったことが、今日まで続いておりますけれども、ま、どうしてこのようなことが続けられただろうかと思う。そこに、どうしてこのような、事実、布一寸買わんで済むようなおかげを受けているようなものがある。下駄、一足買いません。「ね」。米一粒買いません。そういうようなことがです、神様のおかげを頂いて、そういう一つの、んー、精進というものが、なされたときです。それをなされて、続けられたときにです。どうして、このようなおかげが受けられるだろうかという、おかげが必ず伴うて来ておる。もう、それは、私共の、信心の、血に、肉になっておる。もう、今は、さほど不思議とも思わない。もう、当たり前のようなことにして、それが出来ておる。ですから、神様も、それを当たり前のようにして、おかげを下さっておる。そして、いうなら、目を瞑って、教祖の神様じゃないけれども、15年間なら15年間を、振り返らせてもらう、述懐させて貰う時にです、どうして、このようなことが出来てきたじゃろうかと言うて、やはり、感涙に咽ばなければおられないような、おかげの中にあるということ。
皆さん一つ、「ね」、ん、電気の光とか、「ね」駅セルを持ってというようなものではなくて、やはり、提灯をつけて、やはり、紋付袴をつけた、そういう提灯をつけた気持ちで、羽織袴をつけた気持ちで、いわば、教祖の神様から、生き神金光様に続いておる、明日、朝のご出仕というものがです、いかにも古風な感じなんですけれども、そこから、私は不思議な働きというものが、生まれてくる。これはもう、理屈ではない。そういうようなものが、私は、もう、身に付いてしまうときにです、今も申しますような、どうしてこのような、おかげがという、その裏にはです、どうしてこのような修行が出来てきたじゃろうかという、修行が続きぬかなければ、出来ないということ。それが、身についてくる時にはもう、それが、大変な修行でもなからなければ、難儀でもない。それが、当たり前のこととして、例えば、布一寸買わん事も、米一粒買わん事も、下駄一足買わないことも出来てきておる。それが、また、神様も、それを当たり前のこととして、もう、別に恩着せがましいことも何にも無い、神様が下さるおかげの中には。もう、当たり前の事として、そういうおかげが、(はとりさま?)のお夢の中に、いただけておるということ。その代わりに、またそういう修行も、当たり前のこととして出来てきておるということ。ここに、本当の信心をさせて頂くものの、信心生活があると思うです。「ね」。ためには、やはり、神秘的なさっきのベールの中に、あるものですけれども、「ね」。心といい、魂といい、もうそのこと自体がです、「ね」。私共では、どうでも分らないことなのです。魂があるとか、心があるとかこういうけれども、「ね」、結局、信心の世界というのは、「ね」、私共の魂一つで、えー、不思議な神様の世界に入っていくこと。いわゆる、信心とは和賀心が神様のほうへ向こうて、入っていくことなのである。
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